近年癌抑制遺伝子p53の生物学的意義に関する研究がめざましい。放射線、紫外線

によって細胞内p53の蓄積が誘導され、p53が他の遺伝子群の形質発現を制御し、一

連の化学反応(シグナルトランスダクション)が起こることによって、細胞は分裂周期

を停止したり、またはアポトーシスによって死んだりする。このような反応は温熱・

低温・低pHなどさまざまな環境変化によっても引き起こされることを我々の研究室は

報告してきた。特にそのような環境変化で、同時に誘導されているヒートショックタ

ンパク質(HSP)72とp53とがお互いに結合していることも見い出している。

HSP72もストレスタンパク質と呼ばれているように、さまざまな環境変化によって誘

導されるので、宇宙空間が生物にとって遺伝子発現のレベルでのストレスとなるのか

否かの宇宙実験を行っている。

 1994年 International Microgravity Laboratory II 実験に搭載された金魚

(向井千秋さんのフライト)の筋肉・皮膚・脾臓よりタンパク質を分析した結果、地

上とのコントロールと比較すると、宇宙に飛行した金魚のタンパク質中にHSP72の誘

導がみられることを知った(放射線影響学会でも報告)。内耳の有無にかかわらず宇

宙空間は金魚にとってストレスとなっていたのは、金魚にはまだ「浮き袋」が存在し

ていたので、それで微小重力を感知しているのかもしれない。他の要因としては宇宙

放射線によるHSP72の誘導が考えられる。なぜならば、我々のグループは温熱によっ

てHSP72が誘導されるように、放射線や紫外線によってもHSP72が誘導されることを

すでに見い出している。したがって、宇宙に飛行した金魚のそれぞれの臓器の細胞に

おいても同様の現象がみられても不思議ではないと考えている。もちろん宇宙空間は

微小重力でもあるので、宇宙放射線と微小重力との相互作用によってHSP72が誘導さ

れたのかも知れない。

 またラットを14日間宇宙飛行(Second Space-lab Life Science, 1992)させ、

その皮膚からタンパク質を抽出してきた。ラットの皮膚のタンパク質中の癌抑制遺伝

子産物p53を、ウエスタンブロット法にて測定した結果、宇宙飛行後、着陸した日に

得たラットの皮膚は地上のコントロールに比べ、明らかに約4倍以上のp53量の増加

が認められていた。またその後その同じラットの筋肉のタンパク質中のp53量の分析

でも同じ結果を得ている。さらに別の宇宙実験(Second Space-lab Life Science, 

1996)で12匹のラットを宇宙飛行させた後、筋肉のタンパク質中のp53量の分析した

結果、いままでの結果が再確認できた(図参照)。

 放射線をはじめとするDNAに損傷をもたらす細胞への処理が細胞内のp53量を増加 させることがよく知られている。この現象はp53の半減期が抑制されることによって 細胞内の蓄積が起こると考えられてきた。p53の蓄積の引き金はDNA損傷生成である と現在のところ考えられており、その後、いくつかのプロティンキナーゼや アタキシア患者の原因遺伝子産物の働きの後、p53が蓄積すると考えられている。 p53の蓄積はその下流の遺伝子発現を制御して、細胞の分裂を制御し、DNA修復を 促進することによって細胞を放射線から防御する。あるいは放射線にあたった細胞に 選択的にアポトーシスを導くことになり、生物にはあたかもDNA損傷が生成しなかっ たかのように見えることになる。このような放射線などに対して身を守ることが、こ のp53の役割であり、癌抑制遺伝子と呼ばれる所以であろう。実に宇宙に行った ラットの皮膚や筋肉でp53量の蓄積の誘導が見られたのである。はたして、ここで みられたp53の蓄積の誘導は重粒子線を含む宇宙放射線によって誘導されたのであ ろうか、あるいは微小重力というラットにはいままで経験したことのない環境による ものであろうか、それともそれらの相互作用によるものであろうか、今後の研究の発 展を待ちたい。                        (奈良医大・生物 大西 武雄)