「この記事は1997年12月に発行されたものです」




 1986年のチェルノブイリ事故の後、多くの放射性核種について環境挙動や

被曝線量の見積に関する研究がなされてきた。こうした中で、森林生態系に取

り込まれて土壌中に蓄積した放射性セシウムが、キノコに特異的に濃縮するこ

とが明らかとなってきた。ヨーロッパを中心として10,000 Bq/kg(乾)以上

のセシウム-137濃度が数多く報告された。キノコ中の放射性セシウムに関する

研究は、二つの面から重要である。まず、キノコを食用とする国では、キノコを

通して人体に取り込まれる放射性セシウムの量を明らかにする必要があること。

そして、キノコを形成する菌類は森林中の物質循環に大きく関与しているため、

放射性セシウムの挙動に関しても大きな役割をはたしている可能性があることで

ある。
◆研究例◆  日本のキノコに関するデータがほとんど無かったため、筆者らは日本各地から 野生キノコを中心に124種(284試料)を集めて分析した。セシウム-137の濃度 は、<3から16,300 Bq/kg(乾)まで試料によって大きく異なり、その中央値は 53 Bq/kg(乾)であった。これらの値はヨーロッパで報告された値と比べると 1〜2桁程度低い。日本のキノコ中の放射性セシウムは主として1960年代に行 われた核実験からのフォールアウトに起源を持つものであった。キノコ中の濃度は 同じ場所に成育する植物に比べて明らかに高かった。  われわれ日本人が普段食べるのはほとんどが栽培キノコである。そこで、人工 栽培された食用キノコ約100試料を別に集めて分析したところ、セシウム-137の 濃度は野生キノコよりも低く、中央値は13 Bq/kg(乾)であった。これは、栽培 に用いられる菌床や原木中の濃度が低いためである。日本人が栽培キノコを食べる ことによりセシウム-137から受ける実効線量は年間7.7×10-8 Svと非常に低く、 自然界から受ける線量の約0.003%であった。この値は野生きのこばかり食べたと しても十分に低い。ただし、他の食品中のセシウム-137濃度がより低いため、食品 全体に対するキノコの寄与は約1/3と高い。  キノコをつくる菌の本体は菌糸である。これらは普段われわれの目に触れること はないが、倒木や土壌中に張り巡らされ、シロナガスクジラより大きな菌糸体もみ つかっている。地球上で最大の生物とも言われるゆえんである。この菌糸が、森林 生態系での物質循環に重要な役割をはたしており、放射性セシウムの挙動にも影響 を与えているらしい。最近の研究によると、土壌中の放射性セシウムの30〜40% が菌類の菌糸に保持されている。また、菌糸の移動やキノコの発生に伴って放射性 セシウムが移動し、土壌中での再分配が起こるという報告もある。菌糸がセシウム を保持する能力を室内実験によって明らかにする試みもなされている。筆者らも、 放射性同位元素を用いた室内培養実験を進行中である。  放射性セシウムと言えどもその生物・化学的な性質は安定なセシウムと同じはず である。最近、筆者らはキノコや植物中の安定元素を分析し、放射性セシウムの 濃度と合わせて解析している。その結果、キノコは植物に比べて、セシウムやルビ ジウム濃度が高く、反対にストロンチウムやカルシウム濃度が低いことが明らかと なった。東海村の松林で集めたキノコ中の安定セシウム濃度と放射性セシウム濃度 の相関は良く、両者の比はほぼ一定であった。即ち、キノコは本来セシウムを吸収 しやすい性質を持ち、放射性セシウムは安定セシウムと共にキノコに取り込まれて いる。また、森林の表層土壌に移行した放射性セシウムは、比較的早く安定セシウ ムと平衡になり、森林生態系での物質循環に取り込まれていると推定される。  なぜキノコにセシウムが濃縮されるのか、吸収機構の詳細は不明である。研究材料 として興味は尽きない。冬の夜、温かい鍋をつつきながらキノコの不思議に一寸思い を巡らせてみてはいかがだろうか。 「1997年12月発行」                        (第4研究グループ 吉田 聡)