昆虫は、世代時間が短い、遺伝的変異をおこしやすく変異種を得ることが容易である、多個体の飼育が簡単である、環境ストレスに対する適
応性が高い等の特性を持ち、遺伝学のみならず分子生物学においても多
大の寄与をしてきた。特にショウジョウバエを用いた研究が目立つが、
カイコはショウジョウバエとは異なる特性を有しており貴重な研究材料
である。
昆虫の高い変異性は、いわゆる“動く遺伝子”であるトランスポゾン
によるところが大きいが、RNA-DNAの逆転写を介してゲノムに挿入さ
れるレトロトランスポゾンはトランスポゾンの1タイプである。また、
レトロトランスポゾンはほとんどの真核生物に存在しており種類も多様
である。LINEやSINEと呼ばれる反復配列もこの仲間であり、 ヒトLlや
Aluファミリーのようにコピー数が極めて多くゲノムの主要な構成要素
となっている場合もある。
哺乳動物では、レトロトランスポゾンの転写活性は低いが、生殖細胞
や放射線等のストレスを受けた細胞で活性化している列が知られてお
り、また、組換えや遺伝子重複、二重鎖切断の修復にも寄与しているこ
とから、放射線によるゲノム変異の研究においてレトロトランスポゾン
は重要な課題である。
我々はカイコのゲノム解析の過程で、フィブロイン遺伝子イントロン
中に存在する散在型反復配列はレトロトランスポゾンの3′末端領域の
配列であることを明らかにした。この配列を基にエレメントの全塩基配
列を決定し、LlBmと命名した。完全長のものは通常のレトロトランス
ポゾン同様、核酸結合タンパク質(gag)ならびに逆転写酵素(re-
verse transcriptase)をコードしており、これらのアミノ酸配列から
LlBmはショウジョウバエや蚊のnon-LTRタイプのレトロトランスポゾ
ンと進化的に同一のグループであると結論した。しかし、LlBmは反復
頻度が高く、かつ5′側が欠失したエレメントが大部分である点では進
化的により離れたヒトLlに近い。
カイコゲノムはショウジョウバエには存在しないSINEも含んでお
り、レトロトランスポゾンの存在様式に関する限りヒトゲノムに類似
している。今後この点を生かした研究が期待される。
(生物影響研究部 市村 幸子)
カイコレトロトランスポゾンLlBm(5.3kb)の構造と、
5′側欠失断片のハプロイド当たりのコピー数