研究

牛乳などに含まれるラクトフェリンに放射線防護効果を確認
- 被ばく障害の安価な予防薬、治療薬として有望 -

(独)放射線医学総合研究所の分子イメージング研究センター・先端生体計測研究グループ・計測システム開発チーム(チームリーダー 池平博夫)は、2005年度に放医研で開発が完了した7T(テスラ)超高磁場実験動物用MRI装置を用いて、マウス生体内における抗がん剤5-FUの動態を追跡し、薬剤開発過程で不可欠な指標である投与薬物およびその代謝物を一挙に視覚化することに成功した。



放医研 基盤技術センターの西村 義一 センター長らは、石巻専修大学 (小林 陵二学長) 理工学部生物生産工学科 角田 出教授と韓国水力原子力(株)保健研究院(金鐘淳院長) の金煕善室長らとの共同で、母乳や哺乳類の乳汁に多く含まれるラクトフェリンに放射線障害を防護する顕著な効果があることを、マウスを用いた実験で明らかにした。これまで放射線防護剤の多くは、被ばく前の投与で予防的な効果を示したが、ラクトフェリンは、放射線被ばく後に投与しても有効な効果を示す治療用の薬剤としても注目され、また同剤は、通常の食品として流通しており、安価であるばかりか経口剤や注射剤、坐剤などさまざまな形の薬品として使用できる利点を備えている。

放射線防護については多くの薬剤が報告されている。副作用を伴うものもあり、新たな薬剤開発、特に放射線被ばく後に投与して有効な効果が得られる薬剤が待たれていた。今回確認されたラクトフェリンの効果は、新たな放射線障害治療薬剤の開発に繋がるものと期待され、「抗放射線被ばく障害剤」として特許出願を完了している。今後、同研究グループは、ラクトフェリンの投与方法、他の薬剤との併用効果、ならびに放射線防護機構の解明などに向けた研究を進める。

今回の成果は、昨年11月26日、東京国際フォーラムで開催した「第2回ラクトフェリンフォーラム」で紹介され多くの関心を集めた。

ラクトフェリンの放射線防護効果の確認実験

ラクトフェリンは、母乳や牛乳に含まれるものが有名である。ウマ、マウス、ラット、ヤギ等多くの哺乳動物の乳汁及び涙などの分泌物にも含まれている。また、これら天然に得られるラクトフェリンの他、遺伝子工学を用いた手法により得られたラクトフェリンも化学的組成が変わらないことから同様に使用可能で、抗放射線被ばく障害作用を検証するために、次のような実験を行った。

● 経口投与による実験
0.1%のラクトフェリン ((株)森永乳業製)を含む完全精製飼料(AIN-93)を作成、またコントロール飼料としてラクトフェリンを加えないAIN-93飼料*1)を調製しました。2つの飼料を用いてラクトフェリン投与群及びコントロール群の各群25匹の6週齢のC3H/Heマウス*2)を、それぞれ1ヶ月間飼育しました。その後、これらのマウスに6.8Gy*3)のX線を1回全身照射し、照射後、30日間の生存率を観察しました。なお、飼料はそれぞれ照射前と同じ飼料で飼育を続けました。結果を図-1に示します。

図-1 ラクトフェリン添加飼料で飼育したマウスに6.8GyのX線を全身照射した後の生存曲線
照射後30日目の生存率は、コントロール群では62%であったの に対し、ラクトフェリン含有飼料を用いた群では85%と高い生存率を示した。

● 腹腔内投与による実験
さらに、3H/Heマウス (雄) 52匹に、6.8GyのX線を全身照射。そして、照射したマウスの26匹には、照射後直ちに生理食塩水で溶解したラクトフェリン、0.3ml(ラクトフェリン量は4mg/匹)を腹腔内投与し、残りの26匹はコントロールとした。照射後、両群のマウスとも市販の固形飼料で飼育し、生存率を観察、この結果、照射30日後の生存率は、コントロール群が約50%であったのに対し、ラクトフェリン投与群では90%以上もの高い生存率を示した。(図-2)

図-2 6.8GyのX線を全身照射した後、ラクトフェリンを腹腔内投与した後の生存曲線
放射線照射後にラクトフェリンを投与した場合にも、コントロール群と比較して生存率が大幅に上昇した。

ラクトフェリンの放射線防護効果に関する考察

ラクトフェリンがこのように高い放射線防護作用を示すメカニズムは、まだ解明されていないが、ラクトフェリンはヒドロキシラジカル*4)ラジカルスカベンジャー*5)であり、腸内細菌への作用等も関与していると考えられる。また、照射後のラクトフェリン腹腔内投与で生存率の上昇が観察されたことは、免疫系が大きく関与していることを示唆している。

● ラクトフェリンのラジカルスカベンジャー能
放射線被ばく障害は、基本的には放射線の電離作用によるDNA損傷に起因し、放射線は微量でもDNAを傷つけるが、生体にはそれを修復する機能が備わっている。しかし、大量の放射線による被ばくなど、何らかの原因でDNAが損傷したり、DNAの修復ができなくなったときに、細胞死や突然変異が起こり、様々な障害が現れてくると考えられる。

一般的に放射線抵抗性は抗酸化作用による活性酸素抑制及び免疫機能の活性化により生ずるものと考えられている。生体の約70%は水分で、水に放射線があたるとフリーラジカルが発生します。放射線の生体に対する作用の多くは生体中の水の放射線分解によって生成する活性酸素やフリーラジカルによるものです。水の放射線照射により、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2-)とヒドロキシラジカル(・OH)という二つのフリーラジカルが生成する。生体には活性酸素やフリーラジカルを消去し、生体膜の過酸化を防ぐ強力な化学的な防御機構が存在しているが、このフリーラジカルを消去させることが生命の維持に不可欠となっている。これらの障害から生体を防御するには、

  1. スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やカタラーゼの ようにヒドロキシラジカルの発生源を阻止する
  2. 鉄や銅などの金属をトラップし、ヒドロキシラジカルの 発生を阻止する
  3. 発生したヒドロキシラジカルをトラップして生体構成 成分への障害を防ぐ

といったことが考えられる。ラクトフェリンにはスーパーオキシドに対する消去能は認められなかったが、ヒドロキシラジカルに対するラジカルスカベンジャー能を有することが明らかになった。ラクトフェリンは鉄を含んでおり、ラクトフェリン含有飼料を与えたマウス群での放射線抵抗性のメカニズムとしては上記(2)の可能性が高いものと考えられる。

● ラクトフェリンの腸内細菌増殖の抑制効果
照射後のマウスの腸内細菌数及び腸内細菌組成についても測定したところ、菌数及び菌組成における変化が観察された。照射後にコントロール群で腸内細菌数が増加したのに対し、ラクトフェリン投与群では菌数が減少する傾向が確認された。特に、コントロール群では10日後に菌数が増加したのに対し、ラクトフェリン投与群では30日後に菌数増加が見られ、ラクトフェリン投与群では、細菌の増殖の抑制さが確認された。(図-3)

図-3 マウス5Gyを全身照射した後の腸内細菌数の変化

今後の展開

今後、研究グループは、ラクトフェリンを抗放射線被ばく薬剤として活用するために、ラクトフェリンの放射線防護機構の解明に注力していきます。また、投与方法、他の薬剤との併用効果を探索し、放射線治療や診断の現場において効果的に活用する予防薬、治療薬としての可能性を含めた研究に取り組んでいきます。

【用語解説】

*1) AIN-93飼料
米国国立栄養研究所(American Institute of Nutrition, AIN)から1993年に公表された組成が完全にわかっている純化食。

*2) C3H/Heマウス
ヘアカラーが野生色のマウスの系統の一種。

0

*3) 6.8Gy
C3H/Heマウスのおおよその半致死線量。

*4) ヒドロキシラジカル (・OH)
活性酸素の中で、フリーラジカルに属する1種。過酸化水素 が、さらにもう1電子還元を受けると、ヒドロキシルラジカル になる。

*5) ラジカルスカベンジャー
活性酸素やラジカルはDNAを損傷させ、がんなどの病気の原因になると考えられている。私たちの体には活性酸素やラ ジカルの毒性を消去する防衛システムが生まれながらに備わっているが、このラジカルの連鎖反応をとめる物質をラジカル スカベンジャーという。ビタミンC、ビタミンE、カロチノイド、茶やブドウのポリフェノール、ラズベリー抽出物等多く の天然ラジカルスカベンジャーの存在が知られている。


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