固体中を走る重イオンの電子捕獲:原子物理研究 -世界で初めての試みである電子捕獲断面積の評価- |
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■ はじめにがん治療で使われているような高速の重イオンが物質の中を進むと何が起きるかを考えて見ます。最も頻繁に起こる現象は、物質を構成している原子との衝突です。もっと詳しく見ると、原子を構成している電子及び原子核との衝突があります。電子との衝突の結果、弾き飛ばされた原子の電子が二次電子となって放出されたり、原子が励起されたり電離されたりします。一方、重イオン自身の方も、自分が持っていた電子を失なったり(電離)、逆に電子をくっつけたり(捕獲)します。以前に話した「荷電変換データ」は、このような重イオンの電離や捕獲に関する精密な情報を含んでいます(本誌2003年1月号、同2月号参照)。例えばフォイルの厚さは衝突回数を意味します。そこで、荷電変換データを詳しく解析すると、一回の衝突における重イオンの電離や電子捕獲の確率(これを断面積と呼びます)を知る事が出来ます。電子の空席が多い多価イオンに対して電子がどのように埋って(捕獲されて)行くか?と言う問題は、最近の原子物理学の興味あるテーマの一つです。本研究も、この線に沿って実施されました。主目的は、HIMAC線形加速器から提供された信頼性の高い荷電変換データを用いて「電子捕獲断面積を精度良く評価する」ことです。主担当は、ロシア科学アカデミーからの招待研究者、V.P.Shevelko氏です(H15、9-12月の3ケ月間)。なお、本研究の詳細はHIMAC-report 076(英文)に掲載されています。 ■ ターゲット密度効果(density effect)とは重イオンが炭素薄膜を通過する時の電離/捕獲を考える際には、いわゆるターゲット密度効果(target-density effect、以後DE効果と言う)を考慮する必要があります。このDE効果は、見かけ上の電子捕獲断面積の低減化(電離断面積の増加)につながります。例えば荷電変換データは、電子を捕獲する確率を小さくし、離れる碓率は大きくした結果として得られます。そのため、一般に固体の薄膜を通過した重イオンの平均電荷は、ガス状ターゲットを通過した場合のそれに比べて大きくなる事象も知られています。今回は、HIMACで得られた荷電変換データの詳細な解析により、C原子で構成された固体(炭素薄膜)中を走行する6.0 MeV/n重イオン(光速の11%)の電子捕獲断面積を評価しました。このエネルギー領域では世界で初めての試みです。次に、その結果を計算と比較して見ると、DE効果の碓認だけでなく電子捕獲過程に関して原子物理的に興味ある事が見えて来ます。 DE効果を説明する前に"主量子数、n"について簡単に復習します(図1)。この数は、整数であり、電子の束縛エネルギーの大きさを表します。このnが大きいほど、原子核から離れた(束縛エネルギーは小さく、電子の雲は大きく広がった)状態です。主量子数(n)の大きい状態に電子捕獲したイオンは、電離断面積が大きいため、引き続く固体原子との衝突電離により(直ぐに)元の電荷状態に戻ってしまう事がDE効果の本質です。励起状態の(電子がnの大きい状態に居る)イオンは不安定であり、一般には光を発しながらある一定時間(decay time)経つと安定な状態に戻ります。DE効果とは、ある主量子数(ncut)より高い状態に励起された高速イオンが、(原子のビッシリ詰った固体中では)本来のdecay timeの時間(長くは)生き延びられないという事です。なぜかと言うと、n状態に励起されたイオンの電離断面積はn2に比例する事が解っており、大きいnに対しては電離断面積が非常に大きくなります。かつ、ターゲット原子がビッシリ詰った状態であるため直ぐに次の衝突が起ります。結果的に直ぐに電離されてしまい、見かけの捕獲断面積が小さくなってしまいます。高い状態に励起されたイオンは固体原子との頻繁な衝突で直ぐに電離され、励起状態として実質的に存在することが出来ません。この頻度は原子(ターゲット)密度(density)に依存するため、電子捕獲断面積もターゲット密度に依存する事になるのです。そのため、density effect(DE効果)と呼ばれます。
■ ターゲット密度効果の推定HIMAC線形加速器のエネルギー、6.0 MeV/n、におけるdecay レート(速度)と電離レートを、次のようなH-like(電子が一つ着いた)Arイオン、Ar17+、のケースで具体的に考えてみます。Arの場合、イオン化されない中性原子は18個の電子を持ってます。ここで2pとは、電子1個が図1におけるn=2(s, p)中のp状態に居るという意味です。 Ar18+ + C → Ar17+(2p) + C1+. (1) 遷移碓率のdecay time、A(2p-1s)、及び2p状態のlife time、τ(2p)、は各々、6.6(1013/s及び1.5×10-14 sです。励起されたAr17+*(2p)は、炭素薄膜中では、Ncvσion(2p)の電離レートで電離されます。Ncは炭素薄膜の密度、vはArイオンの速度、σion(2p)は2p状態でのC原子による電離断面積です。6.0 MeV/nはv=3.4×109cm/sで、Ar17+*(2p)の電離断面積は凡そ7.0×10-19cm2と評価出来ます。これらの数値を代入すると、電離レートは2.4×1014/sとなり、A(2p)のdecay レートより4倍も大きい値となります。結果として、固体中でAr17+*(2p)を生成する捕獲確率は非常に小さい事が予想出来ます。Ar17+*に関して言えば、n=2より高く励起されても、炭素薄膜中のC原子衝突によって即座に電離されてしまうと言えます。 ■ 計算と密度効果が含まれた実験値との比較図2は、6.0 MeV/nにおけるC原子(炭素薄膜)と全電離(電子が全て剥がれた原子核だけの)イオンとの衝突において、電子1個を捕獲する確率に関して、実験的に評価した値(evaluated)とCAPTURE code(Shevelkoの開発)及びETACHA code(Rozetの開発)による計算との比較です。先ず注目すべきは、n=1, 2, 3(図中ではn(4)への捕獲断面積が実験値より(特にz=18では一桁程度も)大きい点です。これが、実験に現れたDE効果そのものです。実際の捕獲確率は、DE効果を考慮せずに計算した値の1/10程度しかないと言う意味です。入射イオンはC, Ne, Mg, Si, Arですが、全てのイオン種でDE効果が観察でき、特にArで顕著です。逆に、1s状態(基底状態)への捕獲に関する計算結果は非常に小さくなっています。電子空席の中で最も安定な1s状態から(常に)電子が埋って行くように思われがちですが、これは全く違うと言う事です。非常に良い一致が、「1sと2sへの捕獲碓率の和を考慮した計算」に対して見られました。「H-like Arイオン(電子が一つ着いたAr17+)の生成に関して言えば、固体のような高いターゲット密度の中では高く励起された状態は存在せ(生成され)ず、しかし1s状態だけでも無く、1sと2s状態で生成される」という事が解りました。 図3は、電子が1個付いた(H-like)イオンがC原子との衝突で(更に)もう1個の電子を捕獲する確率に関して、計算(CAPTURE code)と実験値を比較したものです。注目すべき点は、低Z領域における実験誤差を考慮しても、「実験値が計算値よりファクタ2程度小さい」事です。計算値は、1sと2s状態への捕獲断面積の和です。一方、1sだけへの捕獲断面積に関する計算値は逆に非常に小さくなりました(図3には表示していません)。これは不思議です。1sと1s+2sの間には電子が取り得る状態は存在しません。この差も新しいevidenceですが、現段階の知見では説明出来ません。何か「新しい考え方の導入が必要」と考えられます。 (重粒子医科学センター 加速器物理工学部 佐藤 幸夫)
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