研究部紹介

我が国で唯一のプルトニウム内部被曝による生物影響研究を担う
−内部被曝影響研究グループ−


重粒子医科学センター病院 院長  辻井 博彦

独立行政法人化に伴い、2001年4月より放射線安全研究センターの基盤研究グループのひとつとして発足しましたが、従来の内部被曝・防護研究部が担ってきた核燃料物質プルトニウムの内部被曝によって生じるであろう発がん等生物影響リスクとそのメカニズムについて動物実験を主体とした実験病理学的研究を継続してすすめています。

内部被曝影響研究グループリーダー 小木曽 洋一


■研究の背景と目的

エネルギー資源に乏しい我が国では、生活や産業に必要な電力のかなりの部分を原子力に依存せざるを得ないため、原子力発電やそれに伴って生じる使用済み核燃料の再処理等を安全に行うための研究が不可欠です。とりわけ、核燃料物質プルトニウムを、高速増殖炉やウランとの混合酸化物として通常の軽水炉等で再利用する「核燃料サイクル」は国の重要な施策であり、その効率的推進のためにはプルトニウムの生物学的安全性を科学的に明らかにしてゆくことが必要です。このような観点から原子力委員会(当時)が策定した原子力開発利用長期計画にもとづいて、1985年に放医研に我が国で初めて核燃料物質の使用と長期飼育動物実験を可能とする内部被曝実験棟が完成し、本格的な内部被曝影響研究がスタートしました。研究を担う組織は、内部被曝研究部から内部被曝・防護研究部に、そして独立行政法人化を機に内部被曝影響研究グループへと名称を変えてきましたが、上記の研究の基本理念と目的は変わることなく引き継がれています。


■研究組織と共同研究

現在当研究グループは、常勤職員(研究職)2名、非常勤職員(技術補助職)2名および役務職員(研究補助職)1名の総勢5名で構成され、当研究所では最小の研究組織ですが、我が国で唯一のプルトニウム内部被曝影響研究を担い、放射線安全研究の中核を形成しているという使命感に支えられて日々研究活動を行っています。また、国内外の研究機関に所属する研究者とも関連するテーマにもとづく共同研究や研究協力、あるいは研究交流を可能な限り行い、研究成果の相補的共有とその情報の発信に努めています。


■プルトニウムの吸入被曝による発がん

プルトニウム化合物の内部被曝で最も重視されるべき生物影響リスクは、発がんであり、その科学的かつ正当な評価のためには動物実験による実証的解析が不可欠であるという視点から、まず原子力産業の現場で最も考えられる存在形態と被曝様式として、難溶性の酸化プルトニウム・エアロゾル(微粒子)の吸入被曝とそれによる肺がんの発生リスクをラットで実証する実験に取り組み、これまでに非吸入曝露(対照)動物と併せて約1000匹規模の生涯飼育による発がん率解析研究を行ってきました。図1は、現在までに得られた死亡動物での肺吸収線量(横軸)と病理組織学的に確定診断された肺がん発生率(縦軸)との関係(線量効果関係)を示しますが、1.0 Gy以上から腺癌等悪性腫瘍が急増して、6.0〜8.0 Gyの線量域で最大発生率95%に達することが明らかになりました。しかしながら 0.5 Gy以下の線量域での発生率(図1で点線の領域)がどの程度のものなのかは未だ不明であり、現在約0.2 Gy近辺(吸入量として約20〜30 Bqの放射能相当)の線量域で120匹規模の生涯飼育を追加試験しているところです。この結果は、発がん率に対照動物の自然発生率との差がない閾値線量域が存在するのか否かを含め、プルトニウム吸入被曝による肺がんリスクのより精確な推定と防護基準のための基礎的資料となることが期待されます。さらに、このような線量効果関係が得られる背景としてプルトニウムの放出するアルファ線による特異的な発がん機構が存在していることが考えられるので、吸入曝露後の肺組織における初期炎症応答からがん細胞発生に到るまでの病理発生過程を形態・機能的に解析するとともに、がん細胞の由来すなわちアルファ線被曝により変異を生じた標的細胞の同定のための免疫組織化学的解析も行っています。また、この標的細胞レベルに生じると考えられるp53がん抑制遺伝子等がん関連遺伝子の突然変異について、X線照射あるいはネプツニウムやラドン等他のアルファ核種吸入ラットに誘発された肺腫瘍(後者はフランス原子力委員会放射線生物学・病理学研究部門との共同研究による)との比較解析をすすめています。

図1 酸化プルトニウム吸入ラット肺腫瘍の線量効果曲線
図1 酸化プルトニウム吸入ラット肺腫瘍の線量効果曲線


■プルトニウムの血液移行による発がん

次に重要なプルトニウム化合物による発がんとして、溶解度の高い化学形が創傷汚染あるいは吸入被曝等で血液に移行した場合の最終的な標的臓器である骨組織やリンパ造血系組織での発がんがあげられますが、その特異性を明らかにするため、ガンマ線やX線、あるいは中性子線等放射線の外部被曝による発がん態様が最もよく知られているマウス(非投与対照動物と併せて約950匹規模)に可溶性のクエン酸プルトニウムの注射投与を行って生涯飼育し、発生するがんの種類・発生率等発がんスペクトルを比較解析する実験にも取り組んで来ました。これまでに、プルトニウムが骨親和性放射性核種であることから骨肉腫が6.0〜7.0Gyの骨吸収線量で最大(95%)の発生率を示すほか、10Gy以上の高線量域では、リンパ性腫瘍、とくに骨髄前駆細胞やBリンパ球に特有の抗原陽性のB細胞リンパ腫・白血病が多発してくること(図2)、低線量域(0.1 Gy近辺)も含めていわゆる骨髄性白血病の発生がほとんどみとめられない等、他の放射線源による被曝とは異なる発がんの特徴が明らかにされています。このような発がんスペクトルが、胃内膜に沈着したプルトニウムから放出されるアルファ線に照射された標的細胞(骨芽細胞および骨髄造血幹細胞)あるいはその後の分化段階にある細胞の変異や選択にもとづいて特異的に生じるものなのかを明らかにするため、ガンマ線照射あるいは化学物質投与によって生じるリンパ造血系腫瘍との比較解析実験(発生腫瘍の免疫組織化学的解析に加えてがん関連遺伝子の突然変異解析も含む)を新たに約1000匹規模で開始しました。このうち前者については、既に低線量率ガンマ線照射による生物影響に関して我が国初の大規模動物実験を行っている環境科学技術研究所生物影響研究部との研究交流・協力を得て、共同研究から放射線病理診断データベース(仮称)の構築にも発展させてゆきたいと考えています。この点に関して、アルファ核種が血液移行した代表的な医療被曝であるトロトラスト症の疫学・病理学的研究を行っている癌研究所および東北大学の研究者とも可能な限り情報交換等を行って、ヒトと動物との間に存在する種差や共通点・類似点を明らかにしてゆくことも視野に入れています。

図2 クエン酸プルトニウム注射マウスにみられたリンパ性腫瘍の組織像
図2 クエン酸プルトニウム注射マウスにみられたリンパ性腫瘍の組織像
A:リンパ性白血病(肝臓;HE染色)
B:リンパ性白血病(肝臓;B220免疫染色)
C:B細胞リンパ腫(脾臓;B220免疫染色)
D:B細胞リンパ腫(リンパ節;CD5免疫染色)

■アルファ線による細胞応答

以上の動物実験による発がん研究に加えて、プルトニウム等からのアルファ線に被曝した標的細胞の初期応答(細胞死・微小核形成・サイトカイン等産生等)とそれを指標とした生物学的線量評価(バイオドシメトリ)の確立・精密化をはかるため、呼吸気道上皮細胞や骨髄細胞、リンパ球等の細胞培養系を用いてアルファ線を照射し、ガンマ線やX線等低LET放射線に対する応答との比較解析を行っています。この細胞培養系による解析と併せて、実際の個体レベルでの細胞応答を検出するため、プルトニウム吸入曝露ラットや注射投与あるいはガンマ線照射マウスを用いて、それぞれの標的細胞に生じる形態・機能変化と培養系でみとめられるものとの相違について検討を加えています。これらの研究の一部は、環境科学技術研究所生物影響研究部、フランス原子力委員会放射線生物学・病理学研究部門、あるいは米国ロスアラモス国立研究所の研究者との研究交流・協力を得て行っています。


■将来展望

最初にも述べましたが、当研究グループが行ってきた研究は、我が国の原子力政策の根幹を成す「核燃料サイクル」の推進に不可欠であるプルトニウム化合物の生物学的安全性について科学的データを提供し、放射線安全・防護基準の確立に資するというのが最終目標です。そのためにはまだやるべき研究課題は多く残されており、例えば高速増殖炉で使用される酸化プルトニウムの粒子径、プル・サーマルで用いられるウランとの混合酸化物(MOX)中のプルトニウム組成比(富化度)あるいは核燃料再処理過程で生じる様々な化学形等による生物影響リスクの違い、さらには核分裂生成物を含む高レベル廃棄物の複合影響をも考慮した安全研究がますます必要となってくると思われます。現在世界的にみてもこのような研究に着手している国は少ないのですが、主体的に研究を推進する方策を打ち出すとともに、それらの国々の研究機関との国際共同研究・協力体制の確立をはかってゆくことが我が国に課せられた任務であることは云うまでもありません。


国際新技術フェア2001開催

国際新技術フェア2001開催 今年で第3回目を数える本フェアは、日刊工業新聞社主催のもと、11月13日から15日の3日間、東京ビッグサイトにおいて開催されました。産学官の技術交流を目的として多くの企業や大学、研究機関が参加しました。放医研も昨年に引き続き重粒子線がん治療装置模型やビデオ、パネルなどを展示しました。3日間で約750名の方が放医研のブースに来場され、熱心に模型やパネルを見学していました。


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