私たちの脳はどのように情状酌量を行うのか? 〜同情と情状酌量の脳機能メカニズム〜

2012年3月23日
独立行政法人放射線医学総合研究所

本研究成果のポイント

 独立行政法人放射線医学総合研究所(以下、放医研)分子イメージング※1研究センター分子神経イメージング研究プログラム(須原哲也プログラムリーダー)の山田真希子主任研究員らは、情状酌量※2に関する脳機能メカニズムを明らかにしました。

 これまでの脳科学研究によって、社会規範を犯した人に対する制裁の欲求など道徳や倫理のメカニズムが脳内に存在することが示されてきました。一方で、私たちは、そのような人の不遇な境遇や事情を知ることで、その人を哀れみ、同情することがあります。その際に、同情と犯罪者への責任追及との関係性が問題となりますが、脳内でどのようなメカニズムが働いているかについてはほとんど分かっていません。

 今回の研究では情状酌量に着目し、同情と量刑判断に関連する脳機能を探索しました。被験者は、模擬裁判の裁判員として、被告人が犯罪行為に至った背景を基に量刑を決定するとともに、被告人に対してどの程度同情できるかを評定しました。被告人が犯罪に至った背景に関する説明書を被験者に読んでもらい、そのときの被験者の脳活動を fMRI※3により解析しました。結果、被告人への同情と量刑判断は、他者理解や道徳的葛藤に関わる脳領域の働きであり、同情により刑を軽くしやすい人ほど島皮質※4の活動が高いことが判明しました。2009年に裁判員制度が我が国において導入され、法律に基づき人を裁くことは、とても身近な話となりました。今回の研究は、法律的判断の訓練を必ずしも十分には受けていない一般人の、裁判審理における情状酌量に関連する脳機能メカニズムを調べた世界で最初の研究成果です。

 本成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に2012年3月28日に掲載予定です。

研究の背景と目的

 放医研分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究プログラムでは、精神神経疾患の病態解明や早期診断法の開発を目標として、様々な心理機能や精神症状に関わる脳内メカニズムの研究に取り組んでいます。今回の研究は、裁判審理における情状酌量の脳機能メカニズムを調べた世界で最初の研究成果です。

 脳科学と法学を融合した分野、「脳と法律」という学問が近年興隆しています。その方法としては、大きく二つのアプローチがあり、犯罪者の脳を調べる試みと裁く側の脳を調べる試みとに分けられます。犯罪者の脳を調べることで、責任能力に関わる倫理的問題や、犯罪予防やリハビリへの利用可能性などが議論されています。他方、裁く側の脳を調べることは、社会規範違反に対する制裁などの法的判断が脳内でどのように実現されているかを知る手がかりになります。

 例えば、テレビや新聞で犯罪の報道を聞くと、犯人に対し許しがたい感情を抱くことがあります。その一方で、犯人の不幸な生い立ちや境遇を聞くと刑を軽くしてもよいのではないかと思うときがあります。脳がどのように犯罪に至った事情を酌んで量刑の判断を行うかについては、これまでほとんどわかっていませんでした。情状酌量に関連する脳内メカニズムを調べることで、同情と責任追及との関係性についての脳基盤を知る手がかりとなります。

 本研究では、法律的判断の訓練を受けていない一般人を対象に、同情に関わる脳活動と量刑判断に関わる脳活動の関係性を検討しました。そして、情状酌量の個人差がどのような脳機能を基盤としているかを調べました。

研究手法と成果

 健常被験者男女26名に参加してもらいました。MRIの中で、被験者は、裁判員になったつもりで殺人を犯した被告人の量刑を決定し、その後MRIの外で、被告人に対してどの程度同情するかを評定しました(図1)。被告人の罪は全て故意に殺人を犯すケース(殺人罪※5)に統一していますが、その犯罪に至る背景は異なり、同情的背景と非同情的背景から成ります(図1にそれぞれ具体例を挙げています)。


図1: 量刑判断と同情評定の実験の具体例

被験者は、MRIの中で被告人役の顔写真と殺人内容を最初に読んだ後、その殺人に至った背景を読みます。そして、その量刑をどれくらい重く、もしくは、軽くするべきかを、懲役20年※5を基準にバーの中の矢印を移動させて決定します。その後MRIの外で、どれくらい同情できるかを、矢印を移動させて評定します。背景には、同情できそうなもの(同情的背景)と、同情できそうにないもの(非同情的背景)として各16種類ずつ用意しています。(顔写真の出典※6


 同情評定の結果、同情的背景から殺人に至った被告人には同情を高く感じ、非同情的背景から殺人に至った被告人にはほとんど同情しないことが確かめられました(図2左)。そして、量刑評定の結果、同情的背景から殺人に至った被告人に対しては刑を軽くし、非同情的背景から殺人に至った被告人には厳罰する傾向が認められました(図2右)。


図2: 犯罪者の背景の違いによる量刑評定と同情評定の差

同情評定については、実験者の意図通りに、同情、非同情が分かれている。そして、量刑評定では同情的な背景には減刑の傾向、非同情的な背景には厳罰の傾向が見られる。



図3: fMRIで撮影した被験者の脳の断面図(側面から撮影)

同情的背景を読んでいるときと非同情的背景を読んでいるときの状態を測定し、その差分が大きい領域を黄色い部分として表す。黄色い部分が同情的背景を読んでいるときに活発化している部分。


 次に、被験者が背景を読んでいるときの脳活動を解析しました。図3に示すように、同情的背景を読んでいるときのほうが非同情的背景を読んでいるときよりも、内側前頭前皮質※7と楔前部(せつぜんぶ)※8の活動が高く、これらの領域が同情処理に関わっていることが示されました。次に、これら脳活動がどのような精神活動を表しているかをより詳細に吟味するために、脳活動と評定との関連を検討しました。

 図4において紫色で示す脳領域(内側前頭前皮質、楔前部)は、同情評定が高い場合ほど活動が高まった領域です。量刑評定が低い場合ほど活動が高まる領域も、同様の領域であることが判明しました(図4水色)。これらの領域は、他者理解、道徳的葛藤、情動反応、認知制御などに関連することがこれまでの脳科学研究で知られています。本実験ではこれらの領域の活動が上昇したことから、被告人への同情と犯罪に対する不快情動との間に生じる葛藤、そして量刑判断という認知制御が、情状酌量に関わっていることが推察できます。さらに、尾状核※9と呼ばれる報酬に関連する脳領域の活動が、減刑判断に伴って上昇しました。この領域の活動は、チャリティー行為によっても高まることが知られていることから、減刑も人助けという意味合いを持つことが今回の尾状核の反応から解釈できます。


図4: fMRIで撮像した被験者の脳の断面図(側面から撮影)


次に、情状酌量の個人差と脳活動との関係を検討しました。被告人に対する同情をどの程度減刑に還元するかという「情状酌量傾向」は、以下の単回帰モデルを用いて各個人で定量化しました。

(量刑判定) = b0 + b1*(同情評定) + (誤差)


図5: 被験者一人の例

量刑判断と同情評定の関係の強さは、負の係数(b1)で表されます。この被験者の場合、b1=-0.83です。各データは各犯罪ケース(全部で36)を表します。



図6: 右島皮質と各個人の情状酌量傾向の関係

左の写真はfMRIで撮影した被験者の脳の断面図(正面から撮影)における右島皮質(写真の黄色い部分)の位置を示す。右のグラフは情状酌量傾向と右島皮質脳活動量の相関を示す。各データは各被験者のb1を表します。


図6のグラフの横軸は各個人の情状酌量傾向b1を示し、縦軸はfMRIで求めた右島皮質の脳活動量を示します。情状酌量傾向には個人差が存在し、右島皮質の脳活動と相関することが判明しました。すなわち、情状酌量傾向が高い人ほど、右島皮質脳活動が高いという結果が得られました。

島皮質は、身体内部状態に関する情報を脳内における情動、認知処理に統合する役割を持つことが知られています。そして、このような島皮質の働きによって、主観的(意識的)な感情の体験が生み出されると考えられています。今回の結果は、同情を減刑に結びつけやすい人ほど、このような身体ー感情ー認知が融合する際に生じる主観的体験を利用していたことを示唆しています。

本研究成果と今後の展望

 今回の研究結果により、同情と量刑判断は、他者理解や道徳的葛藤に関わる内側前頭前皮質と楔前部という共通した脳領域の働きによるものであることが判明しました。一方で、情状酌量傾向には個人差があり、その個人差は、主観的体験に関わる右島皮質の活動と関連していることが明らかになりました。今回の結果は、一般人の情状酌量とその個人差について脳科学的な根拠を提供するものであり、また、日常私たちが直面する様々な問題に対応する繊細な精神活動を客観的に検証することが、脳科学によって実現可能であることも示しています。

 今後、放医研では、世界的にもトップクラスの分子イメージング技術を脳科学研究に応用し、これまで解明が困難であった様々な人の精神活動を分子レベルで明らかにしていきます。

 なお、本研究の成果の一部は、米国カリフォルニア工科大学、玉川大学、慶応大学との共同研究であり、日本学術振興会「科研費若手研究B」、玉川大学GCOE、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム「精神・神経疾患の克服を目指す脳科学研究」、文部科学省特定領域研究「実験社会科学」、日本学術振興会「科研費若手研究A」、文部科学省科研費新学術領域「予測と意思決定」の一環として行われたものです。

用語解説

※1 分子イメージング

 生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化する技術及びそれを開発する研究分野であり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。体の中の現象を、分子レベルで、しかも対象に大きな負担をかけることなく調べることができる。がん細胞のふるまいの調査だけではなく、アルツハイマー病や統合失調症、うつ病といった脳の病気、「こころの病」を解明し、治療法を確立するための手段として期待されている。

※2 情状酌量

 量刑を決定するに当たり、犯行の動機・目的・手段・方法・態様、被害の軽重、被告人の年齢・前科・反省の状況や、被害弁償・謝罪の有無、被害者側の事情などの諸事情を勘案することである。

※3 fMRI

 機能的核磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging;fMRI)のこと。MRI を高速に撮像して、神経細胞の活動に伴う血流動態反応を視覚化することにより、運動・知覚・認知・情動などに関連した脳活動を画像化する手法である。

※4 島皮質

 脳の外側面の奥、側頭葉と頭頂葉下部を分ける外側溝の中に位置している。島皮質は前頭葉、側頭葉、頭頂葉の一部である弁蓋と呼ばれる領域によって覆われている。感情の体験に重要な役割を持つ。

※5 殺人罪

 故意に人を殺す罪。刑法第199条に定められ、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処せられる。単独有期刑の上限は20年である。

※6 Gao, W.et al., Cao, B., Shan, S., Chen, X., Zhou, D., Zhang, X., Zhao, D. The CAS-PEAL Large-Scale Chinese Face Database and Baseline Evaluations. IEEE Trans. Systems, Man and Cy- bernetics, Part A 38, 149-161, (2008).

※7 内側前頭前皮質

 前頭葉内側面に位置し、前・中帯状回、補足運動野などを含む。この領域は、他者の心の理解、情動反応、認知制御など様々な心的操作に関わっている。

※8 楔前部

 大脳の内側面にある脳回のひとつ。頭頂葉内側面の後方に位置する脳回で、縁溝と頭頂後頭溝と頭頂下溝とで囲まれた領域を指す。この領域には感覚情報を基にした自身の身体のマップがあると考えられている。

※9 尾状核

 脳の大脳基底核に位置する神経核で脳の学習と記憶システムの重要な部分を占めていると考えられている。


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