世界初、市販のペットボトルの樹脂で、放射線の計測に成功
−放射線計測の常識を覆す発見−

平成22年5月19日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
基盤技術センター研究基盤技術部
中村秀仁研究員

本研究成果のポイント

独立行政法人放射線医学総合研究所(以下、放医研)基盤技術センターの中村秀仁研究員らは、プラスチックの一つであるペットボトル用の樹脂(主成分はポリエチレンテレフタレート※2が放射線の計測には極めて優れた性質を持つことを発見し、実際に市販のペットボトル用の樹脂を用いた放射線の計測に世界で初めて成功しました。
今回研究グループが様々な汎用プラスチックを調べたところ、ペットボトルの樹脂は、波長変換剤を必要とせず、発光波長が現代の光電子増倍管※3の感度のピークと重なるなど、極めて優れた性質を持つことが示されました。この結果は、従来の放射線計測の常識を覆すとともに、今後様々な放射線検出器の素材に応用されることが期待されます。
本研究成果は、放射線計測の分野における「コロンブスの卵」的な発見として注目され、1660年に創立され世界最古の歴史(本年350周年)を誇る英国王立協会の著名な科学誌『英国王立協会紀要A※4』のオンライン版に平成22年5月19日(日本時間午前8時)に掲載されます。
なお、本研究は、文部科学省原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブにおける研究課題「超高感度広エネルギー領域ガンマ線検出器CROSSの開発※5」(研究代表者:中村秀仁)の一環として行われたものです。

研究の背景と目的

現在、核医学診断装置のみならず科学の幅広い分野で、様々な放射線検出器が使用されています。放射線検出器の一つであるシンチレーション検出器は、放射線を受けると微弱な光を発するシンチレータと、この微弱な光を捉え電子に変換する光電面および、光電面で発生した電子(光電子)を数百万倍に増幅する光電子増倍管で構成されています(図1参照)。

図1:放射線検出器の概念図。

シンチレータには、無機質を使うことも少なくありませんが、非常に高価であると共に、加工や製造が難しいという大きな問題点があります。一方、1世紀ほど前から、加工が容易であり手軽に入手出来る有機質(プラスチック)をシンチレータとして使えないかという考えがありました。しかしながら、プラスチックは放射線を受けると微弱な光を発しますが、その光は紫外光領域に偏っており、当時の光電子増倍管の有感波長がほぼ可視光に限られていたため、放射線は計測できませんでした。それで「プラスチックはそのままでは放射線計測を行えない」ことが長年の常識になっていました。
その後、1950年にプラスチックで発生した紫外光を可視光に変換する波長変換剤を添加することで、従来の光電子増倍管で放射線計測が実証され、その後企業を中心に波長変換剤に関する研究開発が進められ、現在では、様々なプラスチックシンチレータが開発されています。
しかし、波長変換剤の添加は、光の変換効率を低くし、放射線計測の感度を下げる要因の一つになっています。また、プラスチックシンチレータの製造は、海外企業のノウハウによるところが非常に大きく、添加される波長変換剤の量や種類など、詳細な情報は全て企業秘密となっています。更に、製造できる企業も数少ないことから市場はほぼ海外に独占されています。
ところが、近年の科学技術の著しい進化に伴い、光電子増倍管の有感波長領域が著しく向上したため、今日では紫外光を十分に検出できる可能性が高まりました。そこで、中村研究員らは、原点に立ち返り、身の回りにある様々なプラスチックを用いて、放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線、内部転換電子など)計測用のシンチレータとしての可能性を検討しました。

研究手法と結果

中村研究員らは、様々なプラスチックについてシンチレータとしての性能評価を丹念に行いました(図2)。市販のペットボトル用樹脂を用いて実験したところ、ペットボトル用樹脂の蛍光波長(図2の青線)のピークが、光電子増倍管の波長感度(図2の赤線)のピークに重なる事を発見しました。つまり、ペットボトル用樹脂は光電子増倍管の最も感度が高い波長を発光し、放射線計測に極めて優れた性能を持つことが示されたのです。
実際に放射線をペットボトル用樹脂に当て、光電子増倍管で計測したところ、電気信号が検出され、放射線の計測に成功しました(図3)。ペットボトル用樹脂により放射線が計測されたのは、これが世界で初めてのことです。
さらに、研究グループが化学分析を行ったところ、炭素と水素のみで形成される従来のプラスチックシンチレータやそのベース素材の密度(1.0 g/cm3)と異なり、ペットボトル用樹脂には酸素が含まれているため、密度(1.35 g/cm3)と屈折率(n=1.64)が高くなり、放射線の計測に適していることも示されました。

図2 光電子増倍管の量子効率とプラスチック類の発光量。光電子増倍管の量子効率(≒波長別の感度)のピークは約370nmであり、ペットボトル用の樹脂の蛍光量のピーク370nmと合致しています。市販のプラスチックシンチレータやその原材料であるポリビニルトルエンの発光量のピークは370nmからずれており、結果として放射線計測の感度が落ちることになる。

図3 放射線により発生したペットボトル用樹脂からの蛍光を光電子増倍管で計測した結果。横軸は光電子増倍管から出力される電気信号(ペットボトル用樹脂からの蛍光量や放射線のエネルギーに比例する値)を、縦軸は計測数を示している。

今後の展開

本研究により、市販のペットボトル用樹脂が放射線検出器のシンチレータとして応用できることがわかりました。これは“プラスチックはそのままでは放射線計測は出来ない"という常識を覆す重要な発見で、今後原子力産業や非破壊検査など、放射線計測を必要とする幅広い産業での応用も期待できます。また、従来の高価な放射線測定素子とは異なり、低価格で高性能、エコロジーな放射線計測装置への応用が大いに期待できます。例えば、現在がんの診断で多用されているPET(陽電子断層撮像)装置やSPECT(単一光子断層撮像)装置が考えられ、実際に、研究グループは試作機を用いて画像化などの研究を行っています(図4)。

図 4 研究グループが開発した廉価型小型診断装置CROSS-zero。


(用語解説)

※1 シンチレータ

放射線があたると蛍光を出す物質のこと。放射線が物質を通過する際に、物質中の電子を少しエネルギーの高い状態(励起状態)にするが、励起された電子は10万分の1秒から10億分の1秒という短い時間で元の状態に戻り、この時にシンチレーション光という光が出る。
シンチレーション光は非常に微弱で、そのままでは放射線や素粒子などの測定に使うことができない。1940年代になって波長変換剤を添加したシンチレータが開発され、シンチレーション光を使った放射線検出が行われるようになった。

※2 ポリエチレンテレフタレート

ポリエステルの一種で、頭文字を撮ってPETと略される飲料容器として知られるペットボトルのほか、フィルム・磁気テープの基材、衣料用の繊維などに用いられる。熱可塑性の合成繊維の中では、その結晶性から比較的熱に強く、生産量が最も多い。そのため、ペットボトルから繊維へといったリサイクルが比較的普及している樹脂でもある。
なお、本研究では純粋なポリエチレンテレフタレートによる結果ではなく、市販のペットボトル用の原料を使用しており、これには若干の不純物が含まれていると考えられている。

※3 光電子増倍管

光電効果を利用して光エネルギーを電気エネルギーに変換する光電面を基本に、電流増幅(=電子増倍)機能を付加した高感度光検出器のことであり、「フォトマル」または「PMT」と略称されることもある。ノーベル物理学賞を受賞した小柴博士がニュートリノ検出に採用した光センサーとして一躍脚光を浴びた。現在、光電子増倍管は医療をはじめ、高精度光計測を必要とする多岐に渡る分野で使われている。

※4 英国王立協会

1660年に創立された世界最古の歴史(本年350周年)を誇り、偉大な科学者であるアイザック・ニュートン(Sir Isaac Newton, 1642-1727年)も会長を務めた。同協会が、発刊する紀要『Proceedings of the Royal Society A』には、マックスウェルの電磁気学論、ブラッグのX線回折、ディラックの相対論的電子場、ワトソンとクリックのDNAの2重らせん構造など、科学史に燦然と輝く発見が論文として掲載されている。

※5 超高感度広エネルギー領域ガンマ線検出器CROSSの開発

これは、これまで放射線の測定に不向きとされている有機素材を用い、臨床現場のニーズに応える廉価な核医学診断装置の開発に挑む研究課題で、2007年から開始されている。CROSSは「Correlation Response Observatory for Scintillation Signals」の略である。

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