妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に
関する脳内のメカニズムが明らかに
―妬みに関する脳活動が強い人ほど
“他人の不幸は蜜の味”と感じやすいことが
脳科学的に証明された ―

【概要】

独立行政法人 放射線医学総合研究所 (理事長:米倉義晴、以下、放医研) 分子イメージング研究センター*1分子神経イメージング研究グループ(須原哲也グループリーダー) の高橋英彦主任研究員らは、東京医科歯科大学保健衛生学科 (松浦雅人教授)、日本医科大学精神神経科 (大久保善朗 教授)、慶應義塾大学精神神経科 (加藤元一郎准教授) との共同で、fMRI*2を用いた 研究により、人が妬みを持つ感情と他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムを明らかにしました。

妬みは現代人の誰もが持つ普遍的な感情と言えます。また、私達は他人に不幸が起こると通 常同情をしますが、反対に喜ぶ場合もあり、“他人の不幸は蜜の味”と呼ばれる非道徳な感情を持つことがありま す。これらは私たちがごく普通に持ちうる感情ですが、これらの感情が脳のどのような機能によってもたらされるか はこれまで不明でした。今回の研究では、高橋らが考案した心理課題を被験者に与え、その時の脳内の活動をfMRI に より解析しました。その結果、第1に妬みの感情には前部帯状回*3と呼ばれる葛藤や 身体的な痛みを処理する脳内部位が関連していることがわかりました。次に、妬みの対象の人物に不幸が起こると、 線条体*4と呼ばれる報酬に関連する部位が活動することがわかりました。さらに妬み に関連する前部帯状回の活動が高い人ほど、他人の不幸に対して線条体が強く反応することが明らかとなりました。

本研究は、妬みや他人の不幸を喜ぶ感情を脳科学的に解明したという点で画期的な成果で す。また、特定の脳活動から次に起こる精神状態や脳活動を予測するという脳科学における新たな展開をもたらすこ とになりました。今後、心の問題の客観的評価、科学的な心理カウンセリングや情操教育法の確立などにも寄与する ものと期待されます。本研究の成果の一部は、独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 個人型研究 (さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域 (研究総括:川人 光男) における研究課題「情動的意思決定における脳 内分子メカニズムの解明」(研究者:高橋英彦) の一環として行われたもので、本研究成果は、2009年2月13日 (米国 東部時間 12日 14時) に米国科学誌「Science」に掲載されます。

【背景】

妬みは、他人が優れた物や特性を持っていることによる劣等感や敵対心を伴う心の痛みで す。私達が物の評価をする場合、絶対的な価値よりも他の物との比較によって行うことが多く、私達の自己評価も自 己に関係した特性や関心を持った人間との比較によってなされることが多いと思われます。自己にとって関連や関心 の高い優れた物を他人が所有していると妬みが生じ、他人の優れたものを手に入れたいとか、他人が持っている優れ た物を失えばいいのにと思うことがあります。しかしながら、他人が持っている物や特性が非常に優れていても自己 にとって関連や関心のないものであれば、それほど妬みは生じません。また、他人に不幸が起きた時、私達は通常は 同情しますが、他人が自己にとって重要な優れた物を所有し妬みの対象になった場合、その所有者に不幸が起きる と“他人の不幸は蜜の味”というある種の喜びすら感じてしまうのです。

このような私達が普通に感じる感情について脳内のどの部位が関係し、また感情と感情の関 係についてはこれまでほとんどわかっていませんでした。また他人の不幸を喜んだり切望したりする感情は、しばし ば非道徳的な行為や犯罪にも結びつきます。このように妬みは個人の生活の満足度や自己の評価にも関係し、この感 情をマネジメントすることは個人や集団の心理的安定に重要です。本研究ではまず、自己と他者との関連性の強弱が 妬みとそれに関連する脳活動にどのように影響するかを検討しました。次に妬みの対象者に不幸が起きた時の“他人 の不幸は蜜の味”という感情を誘発する脳活動部位を同定し、さらに妬みに関連する脳活動との関連を調べました。

【研究手法と結果】

高橋らの研究は、次のような方法で行われました。

〇被験者:健康な大学生19 名

〇研究方法:被験者にあらかじめ被験者本人が主人公であるシナリオを読んでもらった。主 人公は大学生で、学業成績や経済状況などにおいて平均的な物や特性を有している。シナリオには被験者本人以外 に、以下の3人の登場人物 が存在する(図1a)。

学生A (自己との関連が高く、上級) : 被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通 で、かつ被験者より上級であったり優れたな物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所 有している。

学生B (自己との関連が低く、上級) : 被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異 なるが、被験者より上級であったり優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有 している。

学生C (自己との関連が低く、平均) : 被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異 なり、被験者と同様に平均的な物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を所有している。

a

(図1)


〇実験1:被験者がシナリオを読んだ後、学生A, B およびC に対する脳活動をfMRI にて計 測した。その後、学生A, B およびC に対する妬みの強さを6段階 (1=全く感じない、6=非常に強く感じる) で評定し てもらった。

〇結果1:学生A,B,C の順に妬みの評定は高かった (図2a)。それに対応するように学生A,B に対して前部帯状回に活動(図2b)を認め、かつ学生A に対する前部帯状回の活動は学生B に対するものより強かっ た (図2c)。また、妬みの強い被験者ほど、前部帯状回の活動が高いという相関関係 (図2d) が観察された。



(図2)

〇実験2:学生A とC に不幸(自動車にトラブルが発生する、恋人が浮気をした など(図1b))が起こると言うシナリオを読み、脳活動をfMRI にて計測した。その後、学生A とC に起こった不幸 に対して抱いたうれしい気持ちを6段階(1=全く感じない、6=非常に強く感じる)で評定してもらった。

〇結果2:学生A に起こった不幸に関しては、中等度のうれしい気持ちが報告されたのに対 して、学生C に起こった不幸にはうれしい気持ちは報告されなかった。それに対応するように学生A に起こった不幸 に対して線条体の活動(図3a)を認めたが、学生C に起こった不幸に対してはそのような活動は認められなかった。ま た、不幸に対するうれしさの強い被験者ほど、線条体の活動が高いという関係(図3b)も見出された。



(図3)

○さらに実験1で得た前部帯状回の活動の程度と実験2で得た線条体の活動の程度につい て、その関係を解析したところ、妬みに関連した前部帯状回の活動が高い人ほど、他人の不幸を喜ぶ感情に関連した 線条体の活動が高いという相関関係(図4)が観察された。



(図4)

【本研究の成果と今後の展望】

今回の研究成果は、普遍的な感情である妬みとそれに関連する他人の不幸を喜ぶ感情の脳内 メカニズムを明らかにするとともに、ある精神状態の脳活動から次に起こる精神状態とそれに伴う脳活動を予測する という新たな展開をもたらしました。身体の痛みに関係する前部帯状回が心の痛みである“妬み”にも関与している ことは興味深く、この活動が他者と自己との関係性で変化することもわかりました。妬みの対象の人物に不幸が起こ ると、その人物の優位性が失われ、自身の相対的な劣等感が軽減され、心地よい気持ちになります。この心の痛みの 強い人ほど、他人の不幸が起きると痛みが緩和され、蜜の味と感じやすいことが脳科学的に示されました。

心に痛みを抱えた人は、その心の痛みを軽減するために、他人の不幸を喜んだり、不幸その ものを引き起こそうとする非道徳・非建設的な行動を取る場合があり、時には犯罪につながるケースもあります。ま た集団の中においては、構成員の妬みや過剰なライバル心、集団全体の不幸を喜ぶような感情を上手くマネジメント できなければ、妨害行為やサボタージュといった集団全体の生産性に関わる問題につながり、集団の心理的な健康状 態を保つことは、職場のメンタルヘルスのみならず、経営学、経済学、政治学といった領域にも関係してくると考え られます。心に痛みを持っている人をケアしたり、そのために起こる犯罪などを防ぐには、精神状態を客観的・科学 的に評価し、次の精神状態を予測して、建設的な問題解決策を提示する科学的な心理カウンセリングが有効であると 考えられます。本研究の成果は、このような手法の開発や情操教育といった心理、精神医学、司法や教育に関連する 分野への応用が期待されます。

今後は、分子レベルのメカニズム解明を行うため、生体内で報酬系と呼ばれるドーパミン*5などの神経伝達物質の挙動をPET*6を用い て解析し、神経伝達物質がこれらの感情や脳活動にどのようなはたらきを担っているかを明らかにして、カウンセリ ングと薬物を統合した心の痛みに対する科学的治療法の確立を目指す予定です。放射線医学総合研究所と共同研究機 関では、世界的にもトップクラスの分子イメージング技術を脳科学研究に応用し、これまで解明が困難であった様々 な人の精神活動を分子レベルで明らかにしていきます。


(用語解説)

*1 分子イメージング研究センター

平成17 年度に放医研に創立された分子イメージング研究を行っている研究センター。腫瘍 や精神疾患に関する基礎研究や臨床研究のほか、分子プローブの開発や放射薬剤製造技術開発、PET 開発やMRIの 計測技術開発など、分子イメージングの基礎研究から疾患診断の臨床研究まで幅広い研究を行う世界屈指の分子イメ ージング研究拠点。文部科学省が推進する「分子イメージング研究プログラム」の「PET 疾患診断研究拠点」 として 選定を受けている。

*2 fMRI

機能的核磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging;fMRI)のこと。MRI を 高速に撮像して、神経細胞の活動に伴う血流動態反応を視覚化することにより、運動・知覚・認知・情動などに関連 した脳活動を画像化する手法である。

*3 前部帯状回

帯状回は大脳皮質の一部でその前部は前頭葉内側の一部をなす。注意機能といった認知機能 や大脳辺縁系の一部として情動反応にも関わる。また痛みや葛藤の処理にも関わっている。

*4 線条体

線条体は終脳の皮質下構造であり、大脳基底核の主要な構成要素のひとつ。ドーパミンが豊 富な部位で運動機能への関与が最もよく知られているが、報酬系の一部で、心地よい感情や意志決定など情動や認知 過程にも関わると考えられている。

*5 ドーパミン

中枢神経系に存在する神経伝達物質であり、運動調節・認知機能・感情・意欲・学習などに 関わる。ドーパミンは脳内の線条体と呼ばれる部位において多く認められる。

*6 PET

ポジトロン断層撮像法 (positron emission tomography;PET) のこと。画像診断装置の一 種で陽電子を検出することによって様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する技術で ある。

(問い合わせ先)

独立行政法人 放射線医学総合研究所
広報課


TEL : 043-206-3026
FAX : 043-206-4062
E-mail :  05;nfo@nirs.go.jp

国立研究開発法人 科学技術振興機構
広報・ポータル部 広報課


TEL : 03-5214-8404
FAX : 03-5214-8432
E-mail : jstkoho@jst.go.j 12;


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