ミネラル含有熱処理酵母に放射線防護効果を確認、被ばく後投与でも。放医研・体質研究会の研究チームがマウス実験で実証 放射線被ばく障害の治療剤に展開

【概要】

独立行政法人 放射線医学総合研究所(佐々木 康人 理事長)放射線安全研究センター・レドックス制御研究グループの伊古田暢夫グループリーダー、安西和紀チームリーダーらは、財団法人体質研究会(鳥塚 莞爾 理事長)の鍵谷勤京都大学名誉教授と共同で、ミネラル含有熱処理酵母に放射線障害を防護する効果があることを、マウスを用いた実験で明らかにした。

同研究グループは、放射線障害を防護する薬剤の探索を進めている。放射線防護剤の多くは、被ばく前の投与で効果を示すが、今回見出されたミネラル含有熱処理酵母は、放射線被ばく後に投与して有効な薬剤として注目される。放射線防護については多くの薬剤が報告されているが、副作用を伴うものもあり、新たな薬剤開発、特に放射線被ばく後に投与して有効な薬剤が待たれている。今回の成果は、新たな放射線障害治療薬剤開発に繋がるものと期待される。

今後、同研究グループは、ミネラル含有熱処理酵母の投与方法、他の薬剤との併用効果、ならびに放射線防護機構の解明などに研究を発展させていく。

今回の成果はすでに特許出願しており、平成18年5月に開催される第28回日本フリーラジカル学会、および第49回日本放射線影響学会で順次発表予定である。

【背景】

放射線利用が医療をはじめとする多くの産業で不可欠になっている現在、放射線被ばくが生体に障害をもたらすリスクを軽減する放射線防護剤の開発は、社会の重要な課題である。しかしながら、放射線被ばくによる生体障害を予防および治療するための放射線防護剤として実用化されている薬剤は極めて少なく、それらも、副作用が強かったり多くの投与量を要するといった問題点が指摘されている。また殆どの防護剤の場合、放射線を被ばくする前に投与する必要があり、放射線被ばく障害に対し被ばく後に投与して効果が得られる薬剤は極めて限られていた。

放医研のレドックス*1制御研究グループでは、放射線防護剤の探索を進めており、これまでにエダラボン*2ニトロキシド類*3に放射線防護作用を見出している。また水溶性ビタミンE誘導体*4であるTMGが放射線被ばく後に投与して有効なことを、(財)体質研究会の鍵谷勤京都大学名誉教授と共同で報告している。

本研究開発では、放医研による乳酸桿菌*5の加熱死菌体の放射線防護作用の報告を発端として、さらに有効で入手しやすい放射線防護物質を探索し、ミネラル含有熱処理酵母に、放射線被ばく後においても障害を防護する極めて顕著な効果があることを見出した。

【研究手法と成果】

● ミネラル含有熱処理酵母の放射線防護効果の確認実験

実験に用いた酵母は、サッカロマイセスセレビジエ属*6の酵母で、パンやビールの発酵に一般的に用いられている。これらの酵母等は市販されており容易に入手可能である。抗酸化ミネラル*7は、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、およびセレン(Se)などで、亜鉛は約10%、マンガンと銅は5%、セレンは0.2%含有の4種の酵母を用いた。これらのミネラル含有酵母は、サッカロマイセスセレビジエ系ビール酵母を培養する培地に硫酸亜鉛、グルコン酸銅、硫酸マンガン等の金属塩*8、あるいはセレノメチオニン*9を添加して作られる。さらに、酵母以外の成分を遠心分離して除去し、加熱乾燥(110℃、3時間)して粉末状で得られる。本実験では市販のミネラル含有熱処理酵母(以下ミネラル含有酵母)が用いられた。これらのミネラル含有酵母はラット経口投与で最小致死量は2.5g/Kg以上と推測されている安全な物質である。

放射線防護作用の確認実験では、雄性C3Hマウス(10週齢、体重:25-28gグラム)に、マウスによる放射線影響実験の致死線量である7.5GyのX線を照射し、同種の実験の典型的な条件となる30日間の生存率が測定された。実験群は、100-600mg/Kg(体重)の酵母を含んだ0.5%メチルセルロース懸濁液*10(0.3ml)を照射の前あるいは後に腹腔内に投与した。なお、対照群は、0.3 ml/匹の0.5%メチルセルロース溶液を腹腔に投与した(各群16匹〜56匹のマウスを使用)。

図1,2に示すように、ミネラル含有酵母は高い放射線防護効果を示した。特に亜鉛酵母および銅酵母は、被ばく後の投与において30日間生存率が80%以上という高い生存率を示した(対照群約7%)。亜鉛酵母は照射60分後投与においても高い生存率を示し、治療剤としての可能性が期待される。

図1. 各種酵母の放射線防護効果(X線7.5Gyマウス全身照射、照射後30日の生存率、n=16-56)
ミネラル含有酵母は高い放射線防護効果を示している

図2. X線7.5Gy マウス全身照射直後、亜鉛含有酵母(100mg/Kg)投与の30日間生存曲線(n=28)
亜鉛酵母は照射60分後投与においても高い生存率を示し、治療剤としての可能性が期待される

活性酸素*11(スーパーオキシド)の消去能について

酵母とスーパーオキシドとの反応は、5,5-ジメチル-1-ピロリン-N-オキシド(DMPO)を用いる電子スピン共鳴(ESR)*12-スピントラッピング法*13を用いて行った。スーパーオキシドはヒポキサンチンとキサンチンオキシダーゼにより発生させた。DMPO-O2- 付加体のピーク強度を半分に減少させる酵母の濃度を求め、各酵母のスーパーオキシド消去能を比較した。その結果(図3)、最も強い消去能を有するのは亜鉛(Zn)酵母で、この亜鉛酵母の消去能を100とすると、マンガン(Mn)含有酵母:47、銅(Cu)酵母:42、セレン(Se)酵母:8、パン酵母:2-10であった。

図3. ミネラル含有酵母のスーパーオキシド消去能の相対比較
亜鉛酵母の消去能を100とする(重量比)

● 作用のしくみについて

ミネラル含有酵母の放射線防護作用のしくみについては今後の研究課題であるが、推察されることの一つとしては、これらのミネラル含有酵母が放射線によって発生する活性酸素類を消去して生体の損傷を防いでいる可能性が上げられる。

また、ミネラル含有酵母中の亜鉛、銅などは、メタロチオネイン*14ヘムオキシゲナーゼ-1*15などの抗酸化酵素を誘導する。また酵母に含まれるβ-グルカン*16免疫賦活作用*17があり、これらの作用によって放射線障害を防護しているとも考えられる。

スーパーオキシド消去活性の高い酵母が、30日生存率向上に効果的で、放射線被ばくにより生じる酸化的ストレスの制御に重要な役割を果たしているものと考えられるが、詳しい防御機構は今後明らかにする必要がある。

【今後の展開】

一連の実験でミネラル含有酵母には放射線防護効果、特に放射線被ばく後に投与して効果があることが明らかとなった。今後、投与方法の改善、他の薬剤との併用効果、さらに活性酸素、フリーラジカル消去のしくみや免疫賦活作用などの、ミネラル含有酵母の放射線防護メカニズムを明らかにして、より効果的な放射線防護剤、そして治療剤へと発展させていく予定である。

(用語の説明)

(*1) レドックス
酸化還元を意味する。Reduction(還元)とOxidation(酸化)を合成した言葉。

(*2) エダラボン
脳保護剤として臨床使用されている。

(*3) ニトロキシド類
N-O・の構造を有し、ラジカル類と反応する

(*4) 水溶性のビタミンE誘導体:TMG

(*5) 乳酸桿菌
ヨーグルトなどの製造に用いられる代表的な乳酸菌のひとつで棒状の形をしている。放医研レドックス研究グループの前身である放医研薬理化学研究部の色田幹雄部長らは、乳酸桿菌の加熱死菌体の放射線防護作用を報告している。

(*6) サッカロマイセスセレビジエ属
酵母の一種である。

(*7) 抗酸化ミネラル
"抗酸化性"とは、活性酸素を消去する性質である。抗酸化ミネラルとは、抗酸化性を示す金属イオン、金属塩等の形態で存在する金属元素を意味し、活性酸素を消去するスーパーオキシドジスムターゼやグルタチオンペルオキシダーゼなどに含まれる金属を意味する。スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)はスーパーオキシドを分解する酵素であり、亜鉛、銅、マンガンなどを活性中心とする金属酵素である。またグルタチオンペルオキシダーゼは過酸化水素などの過酸化物を消去する酵素であり、その活性中心に存在するセレンが分解反応を促進していることが知られている。

(*8) 金属塩
陽イオンと陰イオンが各々の電荷を中和する形で生じる化合物を塩と称し、イオンとして金属が用いられる場合をいう。

(*9) セレノメチオニン
アミノ酸の一種。

(*10) メチルセルロース懸濁液
メチルセルロース(多糖類のセルロースのメチルエーテル体)を用い、水に不溶性の固体を均等に分散させた液体。

(*11) 活性酸素
いちじるしく化学反応をおこしやすい酸素を活性酸素という。活性酸素には、スーパーオキシド(アニオン)、過酸化水素、ヒドロキシルラジカルなどがある。これらの中で、過酸化水素はラジカルではないが、活性酸素には、不対電子をもつもの多く、フリーラジカルとよばれるので、酸素ラジカルともよばれる。酸素は1電子還元を受けて、まずスーパーオキシドラジカルになり、さらに1電子還元を受け、水素イオンと反応すると過酸化水素になる。過酸化水素が、さらにもう1電子還元を受けるとヒドロキシルラジカルになる。またスーパーオキシドやヒドロキシルラジカルは放射線を照射された水から生成される。生体では、これらの活性酸素のうち、スーパーオキシドを消去するスーパーオキシドジスムターゼ、過酸化水素を消去するカタラーゼやグルタチオンベルオキシダーゼなどが存在する。

(*12) 電子スピン共鳴法(ESR)
ラジカルを定性および定量的に測る装置。ラジカルの量に比例してシグナルが高くなる。

(*13) ESR スピントラッピング法
不安定ラジカル種を測定する有効な手段の一つ。 寿命の短い不安定ラジカルをスピントラップ剤と反応させて安定ラジカル化合物へと導き、このESRシグナルを測定することで間接的に不安定ラジカルを測定する方法。

(*14) メタロチオネイン
61個のアミノ酸からなるタンパク質で20個をシステインが占める。ラジカルや活性酸素捕捉能を有する。

(*15) ヘムオキシゲナーゼ-1
ヘムをビリベルジン(さらにビリルビンになり抗酸化能を有する)、一酸化炭素、Fe2+に分解する酵素で2種のアイソザイムがある。

(*16) β-グルカン
D-グルコースから構成される多糖類でグルコース残基のC-1の配置によりα-とβ-がある。

(*17) 免疫賦活作用
免疫を活性化する作用。

(本件の問い合わせ先)

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報室

TEL : 043-206-3026
FAX : 043-206-4062
E-mail : info@nirs.go.jp

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