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東海村臨界事故への対応

1999年9月30日10時35分頃、茨城県東海村にあるウラン加工工場で臨界事故が発生した。2名の作業員(AおよびB)が硝酸ウラニル溶液を沈殿槽と呼ばれる容器へ注入中に青い光が発生、同時にエリアモニターのアラームが鳴り出した。この事故で、作業室から壁を隔てた廊下の机にいた他の1人(C)を含めて3名の作業員が高線量の放射線(中性子およびγ線)に被ばくした。Aは直後から嘔吐、下痢を発症、Bも一時間以内に嘔吐を始めた。最初に患者が運ばれた国立水戸病院での血液検査から高線量被ばくである可能性が、また患者の体表面サーベイから放射性核種による汚染が疑われたため、放医研に転送された。放医研は、事故に関する情報が得られないまま患者を受け入れたものの、患者が持っていた携帯電話や患者の吐物からナトリウム-24などの核種を検出し臨界事故であることを明らかにするとともに、臨床症状、血液中のナトリウム-24、リンパ球数、染色体分析から被ばく線量の推定を行った。その結果は、ガンマ線に換算してAでは16-20Gy、Bは6-10Gy、Cは1-4.5Gyであり、この結果に基づいて治療方針が決められた。AおよびBについては造血幹細胞移植が必要であるとの結論にいたり、Aは東京大学医学部付属病院で末梢血幹細胞移植を、Bは東京大学医科学研究所付属病院で臍帯血幹細胞移植をそれぞれ受けた。しかしながら、広範な皮膚障害と消化管障害を含む多臓器不全のため、Aは第83病日に、またBも第211病日に死亡した。Cは放医研で治療を受け、現在外来で経過観察中である。

わが国の緊急被ばく医療体制では(事故当時)医療施設を3段階に分け、一次医療施設(現在では初期医療施設)を事業所内施設または現地救護所、二次医療施設を地域の基幹病院、三次医療施設を放射線障害専門病院(=放医研)としてきた。内部汚染もしくは高線量被ばく例などは放医研に移送される。茨城県の場合2次医療施設が国立水戸病院であり、患者を同病院に移送したのはそのためである。また中央防災会議による防災基本計画では、放医研がネットワークを組織し、緊急時に備え、より高度な医療を行うことを求めている。

そこで放医研は、「放医研緊急被ばく医療ネットワーク会議」を組織し、放射線事故が起こった際に総合的治療が行えるように準備を進めてきた。被ばく患者の治療を行うにあたって最も重要な情報は、被ばく線量と被ばくの性質、すなわち外部被ばくのみなのか、内部被ばくや汚染を伴うのか、また汚染核種等を明らかにすることである。放医研では患者の携行品、吐物、血液からナトリウム-24その他の核種を検出し、この事故が臨界事故であることを明らかにした。このように放医研の最大の役割は、被ばくの形態や放射性核種による汚染を明らかにすること、また被ばく線量の推定を行い、これに加えて臨床所見および過去の放射線事故の症例についての情報をあわせて、総合的な評価を行い、病態を予測するとともに治療方針を立てることである。

また、放射線安全管理・防護の専門家たちによるバックアップはきわめて重要である。今回の事故でも放医研は、患者輸送の際のヘリコプター操縦士、救急隊員等の放射線防護、ネットワーク医療施設における放射線防護に関する指導などのために専門家を派遣した。

さらに、今回の事故では、緊急被ばく医療における事故後の現地住民対応が非常に重要であることが認識された。放医研は現地での住民の線量評価、放射線の影響についての説明、健康相談、健康診断等への参加、原子力安全委員会健康管理検討委員会への委員の派遣、一方では事故の社会へ与えた影響の大きさゆえに警察・検察、労働基準監督所、マスコミなどへの対応を行った。現在も東海村、那珂町住民の健康相談、健康診断に協力している。


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